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4月 10日 日の出 05:30 日の入り 18:24
平成31年5月1日まであと何日
今日を含めて あと 22日 令和
2019.4.09 新紙幣の図案発表、2024年度上期をめどに変更。
1万円札が渋沢栄一、5千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎
1万円札は
第一国立銀行など多くの企業の設立・経営に関わった実業家の渋沢栄一
裏側の図柄は、1万円札は東京駅丸の内駅舎
5000円札は日本初の女子留学生の一人で津田塾大創設者の津田梅子
裏側の図柄は、5000円札は藤
1000円札はペスト菌発見など医学の発展に貢献した北里柴三郎。
裏側の図柄は、1000円札は葛飾北斎の富嶽三十六景の「神奈川沖浪裏」
刷新されない 2000円札
500円硬貨、2色を組み合わせたデザインに一新。
2021年度の上期をめどに変更
① 偽造を防止するため複数の素材を用いて周囲と真ん中で色が違う
「バイカラー・クラッド」という2色3層構造に変更される。
② フチのギザギザは、一部を異なる形状にした「異形斜めギザ」を導入。
③ 日本国と書かれた面の周辺には、日本の硬貨として初めて採用された
「微細文字」でJAPAN、500YENと書かれている。
どんな駅弁がすき?
▼本日限定!ブログスタンプ
1993年(平成5年)に一般社団法人 日本鉄道構内営業中央会が制定。
4月は「駅弁」の需要拡大が見込まれる行楽シーズンであり、「弁当」の「とう」から10日、さらに洋数字の「4」と漢数字の「十」を合成すると「弁」の字に見えることから。「駅弁」のおいしさ、楽しさをより多くの人に知ってもらい、「駅弁」の魅力をPRすることが目的。
「駅弁」が日本で初めて売り出されたのは1885年(明治18年)7月16日の栃木県・宇都宮駅であるとされているが、7月は弁当がいたみやすいため記念日は4月となった。宇都宮駅で初めて販売された「駅弁」は、おにぎり2個とたくあんを竹の皮に包んだものであった。
2015年(平成27年)で「駅弁」は130周年を迎えた。現在では、全国各地の鉄道駅や列車内で特産品などを盛り込んだ「駅弁」が販売されている。また、デパート・スーパーマーケットなどで全国の有名駅弁を集めて販売するイベント、いわゆる「駅弁大会」なども開催されている。7月16日は「駅弁記念日」。
駅弁 起源説
日本最古の駅弁がどこの駅で発売されたのかについては諸説あるが、1885年(明治18年)7月16日に日本鉄道の嘱託を受けた旅館「白木屋」がこの日開業した日本鉄道宇都宮駅で握り飯2個とたくあんを竹の皮に包んだものを発売したのが最初とされる。そのため、宇都宮説による駅弁発売日である7月16日は
「駅弁記念日」となっており、数多くの文献・Webが駅弁記念日を紹介する際に宇都宮説を紹介している。
起源説についてはこのほか以下の例がある。
現在のような折詰に入った駅弁は、1890年(明治23年)に姫路駅でまねき食品が発売したものが最初との説がある
お弁当始めの日
東京都中央区築地に本社を置き、冷凍食品やレトルト食品などの製造・販売を手がける株式会社ニチレイフーズが制定。
日付は4月10日前後が一般的にお弁当の出現頻度が高い時期であること、「弁」が数字の4に似ていて、10を「当」と読む語呂合わせなどから。新年度・新学期になり、お弁当を作り始める人を、同社の豊富な冷凍食品の食材で応援することが目的。記念日は2017年(平成29年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
同社のお弁当用おかずの冷凍食品には、「お弁当にGood!」シリーズの「ミニハンバーグ」「からあげチキン」「パリパリの春巻」「やわらかひとくちカツ」「ささみチーズフライ」「ミニオムレツ」「ほうれん草バター炒め」など数多くの種類がある。
「ミニハンバーグ」は発売から50年、「からあげチキン」は30年以上のロングセラー商品である。家ではちょっと手間のかかる料理も、冷凍食品を使えば電子レンジで簡単に調理ができ、時間短縮にもなる。
女性の日
1946年(昭和21年)のこの日、戦後初の男女普通選挙制度を採用した総選挙が行われ、初めて女性の参政権が行使された。このとき女性が89人立候補し、39人が当選した。
これを記念して、1949年(昭和24年)のこの日に労働省(現在の厚生労働省)が「婦人の日大会」を開催したことから「婦人の日」が始まった。「婦人の日」のこの日から1週間を「婦人週間」(4月10日~16日)として、婦人を取り巻く社会環境・労働環境などについて活動が行われてきたが、1998年(平成10年)から「女性の日」「女性週間」と名称が変更された。
「婦人」という語は、1910年~1920年代の大正デモクラシーの時期、普通選挙権の要求運動とも連動し、斬新な響きを持った。婦人・女性誌『婦人公論』に代表されるように、「意識の高い成人女性」との響きさえあった。しかし、「婦人」が「既婚の女性」や「年輩の女性」との意味合いが強くなり、次第に使われなくなった。現代の日本語においてより一般化した呼称が「女性」であり、「婦人」の語はやや古めかしいイメージを持つ古語になりつつある。
→ 厚生労働省
1996年発行。戦後50年メモリアル3集 女性進出
婦人参政記念日
1946(昭和21)年、戦後初の総選挙で初めて婦人参政権が行使され、
39人の女性代議士が誕生しました。
教科書の日 リンク:教科書協会
2010年(平成22年)に一般社団法人 教科書協会が制定。
日付は4月が新学年・新学期が始まりで、新しい教科書が児童生徒の手に渡り、保護者も教科書に対する関心が高まる時期であること、また、「よ(4)いと(10)しょ」(良い図書)と読む語呂合わせから。
より多くの人に教科書のことや役割を知ってもらうこと、また、教科書関係の仕事をしている人たちが、自分たちの仕事の大切さを再確認してもらうことが目的。毎年「教科書の日」のポスターを作成し、全国の小学校・中学校・高等学校と、教科書を販売している書店に配布している。
小・中学校の教科書は、税金によって無償で支給される。この無償制度は1963年(昭和38年)度に小学校第1学年について実施され、以後、学年進行方式によって毎年拡大され、1969年(昭和44年)度に、小・中学校の全学年に無償支給が完成し、現在に至る。教科書には文部科学省が公示する「教科用図書検定基準」(学習指導要領に準拠)に合致した教科用図書が使用される。
建具の日,良い戸の日
1985年(昭和60年)に一般社団法人 全国建具組合連合会が制定。
「建具(たてぐ)」の要は「戸」であり、春に住宅の新築・増改築が盛んになって、建具に関心が集まることから、また、「よ(4)いと(10)」(良い戸)と読む語呂合わせから。
「建具」は、建築物の開口部に設けられる開閉機能を持つ仕切りのこと。用途は、出入口、通風口、採光、遮音、防犯など多岐にわたり、それぞれ様々なタイプの「建具」が用いられている。主な「建具」の種類として、戸、扉、木製の和風建具である板戸、格子戸、障子、襖(ふすま)、雨戸、洋風建具であるガラス戸などが挙げられる。 リンク:全国建具組合連合会
インテリアを考える日 → 日本インテリアファブリックス協会
一般社団法人 日本インテリアファブリックス協会(NIF)が制定。
4月は入学・入社・新学期など新しいこと始まる月であることから。10日は「十」と「住」が同音であることから。この日を含めて1日から30日までを「インテリア月間」、また毎月第4土曜日を「インテリアの日」としている。
「インテリア(interior)」とは、英語で「内面」を意味する単語であり、転じて、日本語で「室内装飾品」という意味であり、カーテン、カーペット、照明器具、家具などを指す。また、装飾品によって飾られた「室内空間」という意味も持つ。一方、屋外の装飾は「エクステリア(exterior)」と呼ばれる。
四万十の日
1989年(平成元年)に高知県中村市の「四万十の日実行委員会」が制定。日付は「し(4)まんと(10)」(四万十)の語呂合わせで、「四万十川」の自然を守ることが目的。
「四万十川」は、全長196km、流域面積2186km2の一級河川で、本流に大規模なダムがないことから「日本最後の清流」、また、静岡県の柿田川・岐阜県の長良川とともに「日本三大清流の一つ」と呼ばれている。「名水百選」「日本の秘境100選」にも選ばれている。ただし、政府による科学的な水質調査では、全国の調査対象河川の中で際立って水質が良いわけではない。
河川法上では1928年(昭和3年)から1994年(平成6年)まで「渡川(わたりがわ)」が正式名称だった。江戸時代には「四万十川」と書いて「わたりがわ」と呼ばれていたこともあり、また「四万渡川」と書かれることもあった。これが省略されて「渡川」の名称が発生したと考えられる。1994年(平成6年)7月25日に「四万十川」と改名された。一級河川の名称変更はこれが初めてであった。
「四万十川」には支流も含めて47の沈下橋(増水時には水面下に沈んでしまう橋)があり、高知県では生活文化遺産として保存する方針を1993年(平成5年)に決定している。リンク:四万十の日実行委員会
2009/2/2発行 最後の清流 四万十川
瀬戸大橋開通記念日 → 本州四国連絡高速道路
1988(昭和63)年、瀬戸大橋が開通し、本州と四国が橋で結ばれた。
1978年(昭和53年)の着工から9年6ヶ月を経て完成し、総事業費はおよそ1兆1,338億円である。「瀬戸大橋」は岡山県倉敷市と香川県坂出市との間9.4kmの海峡部を結ぶ橋であり、道路・鉄道併用の6つの橋で構成されている。橋の全長12.3km、幅35m、高さ194m。橋は上部に4車線の瀬戸中央自動車道が走り、下部にJR本四備讃線(愛称:瀬戸大橋線)が通る2階建ての構造になっている。
「瀬戸大橋」が登場する作品に映画『ゴジラvsキングギドラ』があり、福岡から北海道方面へ向かうキングギドラによって「瀬戸大橋」が破壊されるシーンがある。リンク:本四高速 瀬戸大橋
1988年発行。瀬戸大橋開通
交通事故死ゼロを目指す日(2月20日・4月10日・9月30日 記念日)
日本政府が「生活安心プロジェクト」の一環として2008年(平成20年)から実施。
1年に3回あり、2月20日と、春・秋の「全国交通安全運動」の期間中の4月10日・9月30日。「春の全国交通安全運動」は4月6日~15日、「秋の全国交通安全運動」は9月21日~30日となっている。
毎年、多くの人が交通事故により死傷している。そのような中、交通安全に対する国民の意識を高めるため、新たな国民運動として、「交通事故死ゼロを目指す日」が設けられた。国民一人一人が、交通ルールを守り、交通マナーを実践するなど交通事故に注意して行動することによって、交通事故を無くそうと呼び掛けている。この日を中心に、小学校での交通安全教育の実施、街頭にてパンフレット・啓発品の配布など、啓発キャンペーンが行われる。
以下の画像は「春の全国交通安全運動」のポスターだが、下の方に「交通事故死ゼロを目指す日」が明記されている。
ヨットの日→ ヤマハ発動機
ヤマハ発動機株式会社が制定。日付は「ヨッ(4)ト(10)」と読む語呂合わせ。
ヤマハ発動機は、一般によく知られているオートバイ・スクーターなどの自動二輪車部門だけでなく、ボート、船外機、漁船、ヨット、マリンジェットなどのマリン製品の製造も行っている。
「ヨット(yacht)」は、レジャー用船艇を広く意味する言葉で、①個人船としては大型で豪華な遊行船と、②レースにも使われる縦帆を使った小型の帆船が含まれる。日本においては「ヨット」と言った場合、②の小型の帆船を意味することがほとんどである。
ヤマハヨットシリーズには、キャビン(船室)やベッド、トイレを備えている大型ヨットのセーリング・クルーザー(sailing cruiser)と、キャビンのない小型ヨットで競技にも使用されるディンギー(dinghy)がある。国体競技やオリンピックなど数多くのレースにおいて、ヤマハのレーシング・ディンギーは輝かしい実績を残している。レーシング・ディンギーの頂点である「ヤマハ 470CPG」は、全長4.75m、全幅1.73m、完成質量120kg、定員2名、価格約230万円である。
日本における「ヨット」の歴史は、1861年(文久元年)に長崎で英国人船大工が貿易商オルトの注文で建造し、当時の地元新聞で報道された「ファントム号」や、同年、外国人たちが開催したヨットレース「長崎レガッタ」が初めてのものとされている。また、1882年(明治15年)には横浜の本牧で日本人により初めて建造され、神奈川の葉山で帆走したことから、葉山港には「日本ヨット発祥の地」と刻まれた碑が建っている。
夏季オリンピックの競技種目として、「ヨット」の帆の表面を流れる風によって生ずる揚力を主な動力として、水上での滑走とその技術を競う「セーリング(sailing)」競技がある。1896年(明治29年)の近代オリンピック第1回アテネ大会の種目になっていたが、悪天候により実施されなかったため、1900年(明治33年)の第2回パリ大会において初めて競技が実施された。
「セーリング」で日本がオリンピックに参加したのは、1936年(昭和11年)の第11回ベルリン大会からである。1964年(昭和39年)の第18回東京大会でも華々しく実施され、東京オリンピック後にジュニアクラブが設立され、高校生・大学生の部活動、実業団のクラブ活動が盛んになった。
ステンレスボトルの日
大阪府大阪市に本社を置き、「まほうびん」を中心に炊飯器・電気ポット・ホットプレートなどの調理器具の製造・販売を行う象印マホービン株式会社が制定。
日付は「4」(スー・中国語)と「10」(テン・英語)でステンレスの「ステン」と読む語呂合わせから。保温も保冷もできる「ステンレスボトル」を持ち歩く生活のきっかけの日になるようにとの思いが込められている。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。 → 象印マホービン
仕入れの日
総合卸売サイト「仕入.com」を運営する株式会社AQUAが制定。
日付は「し(4)い(1)れ(0)」(仕入れ)と読む語呂合わせから。「仕入れ」とは、商品や原材料をメーカー、卸売業者から購入すること。また、「仕入」は、会計では主要な勘定科目の一つで、通常は借方勘定として仕訳される。
ヨード卵の日
日本のブランド卵のさきがけとして知られる「ヨード卵・光」を販売する日本農産工業株式会社が制定。
日付は「ヨ(4)ード(10)卵」と読む語呂合わせと、新年度・新学期が始まるこの時期に「ヨード卵」を食べて栄養を摂り、元気で過ごしてもらいたいとの願いが込められている。日本農産工業は「食といのちの未来をひらく」を企業メッセージに掲げる配合飼料のリーディングカンパニーである。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
「ヨード卵・光」は、日本で最初のブランド卵で、1976年(昭和51年)8月に発売が開始され、40年以上、多くの人たちに愛され続けている。ニワトリの飼料に海藻粉末などを配合することにより、ニワトリの体内でヨード(ヨウ素)が自然な形で卵に移行し、普通の卵に比べて約76倍のヨウ素を含む(可食部100g中のヨウ素の量:ヨード卵・光は1300μg、普通卵は17μg)。他にも飼料に良質な白身魚の魚粉などを配合しており、深いコクと滑らかさがある良質な卵となっている。
ヨード(ヨウ素)は、海藻類に多く含まれ、甲状腺ホルモンを生成するのに必要で、人にとって必要不可欠なミネラルの一つ。ヨウ素は人体に摂取、吸収されると、血液中から甲状腺に集まり、蓄積され、ヨウ素を含む甲状腺ホルモンが作られる。甲状腺ホルモンは新陳代謝を促したり、子どもの場合では成長ホルモンとともに成長を促進する働きがある。
辛ラーメンの日
東京都千代田区霞が関に本社を置き、「辛ラーメン」(シンラーメン)などの即席麺・スナック・韓国食品を製造・販売する株式会社農心ジャパンが制定。
日付は「辛い」は英語で「ホット」なので、4(フォー)と10(トウ)でホットと読む語呂合わせから。じっくりと煮込んだビーフスープの旨味と厳選された唐辛子の辛さが調和したインスタント麺である韓国を代表する味の「辛ラーメン」をさらに多くの人に味わってもらうことが目的。
「辛ラーメンの日」を記念して、プレゼントキャンペーンなどを実施している。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
愛知の新たまねぎの日
愛知県名古屋市中区に本部を置き、愛知県農業の発展と組合員の暮らしの向上を目的とする「JAあいち経済連」(正式名称:愛知県経済農業協同組合連合会)が制定。
日付は「41(良い)0(たまねぎ)」と読む語呂合わせと、愛知の新たまねぎが出荷のピークを迎える時期から。愛知県産の新たまねぎをPRすることが目的。PRのために、新たまねぎの無料配布・試食・販売などのイベントを開催している。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
愛知県は全国有数のたまねぎの産地である。愛知県の新たまねぎは、収穫後に天日で干した後、貯蔵せずにすぐ出荷される。新たまねぎはみずみずしく、辛みが少ないためサラダなどに適している。
たまねぎの辛みの成分は硫化アリルで、この成分は疲労や不眠、精力減退などの症状を正すビタミンB1の吸収を良くする働きがある。この他、たまねぎは「血糖値を下げる」「血液の流れを良くする」働きがあると言われている。
酒盗の日
神奈川県小田原市に本社を置き、酒盗の販売・製造を手掛ける株式会社「しいの食品」が制定。
日付は「し(4)ゅとう(10)」(酒盗)と読む語呂合わせから。カツオの胃腸やマグロの胃を長期熟成させて作る酒盗は「酒を盗んででも飲みたくなる」というほどにお酒がすすむことからその名前が付いたとされる。同社の日本で古くから親しまれてきた発酵食品の伝統の味を今に伝えたいとの願いが込められている。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
ピークシフトデー
東京都渋谷区渋谷に本社を置き、世界で初めて「ピークシフト自販機」を開発し、その設置を促進している日本コカ・コーラ株式会社が2013年(平成25年)に制定。
日付は「ピークシ(4)フト(10)」と読む語呂合わせと、暖かくなり始める時期であることから。「ピークシフト自販機」とは、2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災以降に求められている電力使用のピーク時の消費電力を減らすニーズに応えた自動販売機のことで、誰もが簡単に参加しやすい節電方法であるピークシフトの認知度を向上させることが目的。ピークシフト自販機
ピークシフトとは、電力を効率的に活用するため、昼間の電力消費の一部を夜間に移行し、電力需要の負荷を標準化する仕組みのことである。夜間にバッテリーに充電しておき、昼間に電力網からの電力を消費しないなどの機能で、パソコンや家電などの対応製品が多く登場している。
ピークシフト自販機は、電冷却のための電力使用を、電力使用がピークになる日中から比較的電力に余裕がある夜にシフトし、夏の日中消費電力を95%削減しながら16時間冷たい製品を提供することができる。
笛吹市桃源郷の日
桃の生産量と耕作面積で日本一を誇る山梨県笛吹市が2015年(平成27年)に制定。
日付は桃の花が満開になるころで、元日から数えてちょうど100日目にあたり、100を「百(もも)」と書き表せること、さらには「し(4)あわせになる桃花(とうか・10日)」と読む語呂合わせから。
春の桃の開花時期、市内全域がピンク一色となる笛吹市には県内外から多くの観光客が訪れる。この「日本一の桃源郷」や笛吹市の知名度を高めて観光振興を図ることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
シートの日
岡山県倉敷市に本社を置き、ブルーシートの大手メーカーであり、ブルーシートをはじめとした多種多様なポリエチレンシートを製造・販売する萩原工業株式会社が2014年(平成26年)に制定。
日付は「シー(4)ト(10)」と読む語呂合わせと、新年度の節目となることから。工事現場や建築現場、運動会、お花見、さらには災害時の防護用など幅広い用途で使われるブルーシートを、より多くの人にPRすることが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
しろえびせんべいの日
富山県南砺市に本社を置き、あられ・かきもち・せんべいなどの米菓を製造・販売する日の出屋製菓産業株式会社が2016年(平成28年)に制定。
日付は「しろえびせんべい」が世に出た日が1999年(平成11年)4月10日であり、4月はしろえび漁の解禁の月であることから。しろえびは「富山湾の宝石」とも呼ばれ、上品な甘さと香りが特徴の貴重な食材である。同社の代表的商品である「しろえびせんべい」の美味しさをより多くの人に味わってもらうことが目的。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
この日を記念して、しろえび素干しのプレゼントや、ハッシュタグ「#しろえびせんべいの日」を付けて、しろえびに関する画像をインスタグラムに投稿するキャンペーンなどを実施している。
社長の日
東京都渋谷区千駄ヶ谷に本社を置き、ブランディングの向上を目的としたオリジナルお菓子の商品開発などを手がける株式会社ESSPRIDE(エスプライド)が制定。
日付は410を「シーイーオー」と読むと、最高経営責任者のCEO(chief executive officer)と語感が似ていることから。同社は「社長チップス」を企画しており、年に一度、社長がほめられたい日としている。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
酔い止めの日
東京都千代田区鍛冶町に本社を置き、「せき・こえ・のどに浅田飴」で知られ、医薬品・医薬部外品・健康食品の製造・販売を行う株式会社浅田飴が2016年(平成28年)に制定。
日付はゴールデンウィークや修学旅行、夏休みといった行楽シーズンの前であることと、「よ(4)いど(10)め」(酔い止め)と読むの語呂合わせから。のりもの酔いによく効く水なしで服用できるドロップタイプの酔い止め薬「トラベロップQQ」を製造・販売する同社の、のりもの酔いの心配をせずに家族や友だちなどみんなで楽しく旅行をしてもらいたいとの願いが込められている。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
トラベロップQQ
月のうさぎの日
群馬県甘楽町に本社を置き、「こんにゃくパーク」の運営でも有名な、こんにゃくメーカーの株式会社ヨコオデイリーフーズが制定。
同社のブランドの一つで、群馬県産のこんにゃく粉を使用した麺が特徴の「月のうさぎ」シリーズをPRすることが目的。日付は「月のうさぎ」のキャラクターの月野マナンちゃんの命名日が2004年(平成16年)4月10日であることから。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
「月のうさぎ」シリーズ
フォトの日
フォトの日推進委員会(株式会社ビックカメラ・株式会社キタムラ・株式会社コイデカメラ・株式会社プラザクリエイト・株式会社ヨドバシカメラ)が制定。
日付は「フォ(4)ト(10)」と読む語呂合わせから。また、4月は桜が咲き、入学や就職など新生活のスタートもあり、写真を撮る機会が増える時期であることから。写真を撮る文化に加えて、写真を贈る、写真を飾る文化を広めることで、写真の力や素晴らしさをより多くの人に伝えることが目的。記念日は2016年(平成28年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
この日を記念して、ビックカメラではTwitterを利用した「フォトの日コンテスト」が開催されている。また、キタムラが運営する「カメラのキタムラ」では、写真プリントの割引やプレゼントのキャンペーンなどを実施している。
ほうとうの日
山梨県中央市に事務局を置き、「ほうとう」関連商品を扱う企業などで構成される「たべるじゃん//ほうとう推進協議会」が制定。
日付は「ほう(4=フォー)とう(10)」と読む語呂合わせから。山梨県の郷土料理である「ほうとう」の美味しさをより多くの人に知ってもらい、消費の拡大を図ることが目的。記念日は2017年(平成29年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。